猫犬兄弟(ねこいぬきょうだい)

これは、ぶっきらぼうだが心優しい三毛猫と

世間知らずの幼いフレブルの猫犬兄弟の冒険譚である。

とある公園を縄張りとする野良猫ジョニー

なんと、数奇な三毛猫のオスである。

遺伝子突然変異の猫のせいか非常に頭がよく

人間の言葉を理解することができた。

希少な猫のため幾度となく人間に捕獲されそうになるが

その類まれな頭の良さで今まで一度たりともつかまったことは無かった。

しかし、ジョニーはけして人間が嫌いなわけではなく、ただ自由でいたいだけだった。


そんなある日

公園で大手ペットショップが青空展示販売を行っていた。

天気もよく、大勢の人間が集まっているのを木の上からジョニーは眺めていた。

展示会撤収後、人間達が残していったご馳走(ごみ)をあさりに行ったジョニーは

ごみ捨て場の中に埋もれていたフレンチブルの子供を見つけてしまう。

どうやら脱走してさまよっているうちに、そのままごみの中に埋もれてしまい、取り残されて途方にくれているようだった。

面倒なことにはかかわらないようにするジョニーに必死で泣きすがる仔犬。

しばらく無視していたジョニーだがそのあまりのしつこいさに、つい大人気なくカッとなり、力任せに振り払うと

仔犬が無我夢中で噛み付いていたジョニーの左の耳が半分千切れてしまった。


「ギャーーー!!」


激しい痛みに声を上げそうになるジョニーだが声を上げて驚いたのは子犬のほうだった。


「ごめんなさい!耳が、耳が…」


さらに泣きじゃくる仔犬

そのあまりのパニック振りにジョニーは自分の子供の頃と目の前の仔犬を重ねてしまう。


「あーもうっ!泣くな!耳なんてほっときゃそのうちまた生えて来るんだ。」


ジョニーはよく意味の無い嘘をつくが、このときの嘘は仔犬を思ってのものだった。


「それより、そんなに泣かれたら目だってしょうがねぇ、泣かねぇって約束するならついてきな。」


ジョニーの言葉に目を潤ませながら必死に嗚咽をこらえ何度もうなずく仔犬。


「お前名前もねぇのか、不便だから俺が付けてやる、お前は今日からぶー助だ」


ジョニーは自分の人の、いや猫のよさに我ながら呆れ

めぼしいご馳走を咥えてその場から離れた。


「待ってよ、にーちゃん!!」


短い足で必死にあとを追うぶー助の声を聞きながら

(おれもやきがまわったな、一匹狼(猫)の俺様がこともあろうに犬を拾っちまうなんて…)

と思わずにいられなかった。




その日からジョニーは

人間にはよい人間と悪い人間がいる。

悪い人間にだけは絶対にちかづくな。

そして、悪い人間だったとしても、人間には絶対噛み付くな。

そうすれば、まぁなんとか生きていけるもんだ。

と、ぶー助に生きる術を教えた。

生まれてからずっと一人で生きてきたジョニーにとって

めんどくさくもあり、楽しくもある生活が続いていた。

ぶー助はペットショップのケースしか知らない世間知らずで

事あるごとにジョニーに質問をぶつけ、何を聞いても答えてくれる兄を尊敬した。


「ねぇねぇ、にいちゃん、何で同じ鳥なのに黒いやつ(カラス)と白いやつ(鳩)がいるの?」

「馬鹿だなお前、アレは元は同じ鳥なんだぞ。あいつらは夜になると黒く変身するんだ」

「すげー!兄ちゃんなんでも知ってるんだな。」


何を言っても頭から信じるぶー助に他愛の無い嘘をつくのもジョニーにとっては楽しい時間であった。



そんな生活が半年(人間で言う数週間)ほど過ぎたある日

ジョニーは自分の身体の異変を感じる。

思うように身体が動かないのだ。

いつも軽々と飛び越えていた垣根につまずくジョニーを見て


「にいちゃん、どっか悪いの?」

「馬鹿、全然なんでもねぇよ、今のはお前の真似だ」


と軽口でごまかすものの、ジョニーは自分の身が病に冒されていることを理解していた。

群れたりこそしないが、この公園には多くの野良猫たちが住んでいた。

そしてその同胞達が、姿を消す直前みんな今のジョニーのような症状が出ていたのだ。

少し前までは、いつか自分もそうなるのだろう。まぁ、それまで楽しく生きていこう。と、至極楽観的に考えていたジョニーだが今は現状に恐怖した。

自分の命が惜しかったわけでは無い。怖いのは、この症状がぶー助にもうつるのでは無いか?仮にうつらなかったとして、自分がいなくなってぶー助は一人で生きていけるのか?

その想いが、ジョニーに一つの決心をさせた。



日曜日の公園の広場は家族づれの人間達でにぎわっていた。

普段は人間に近寄らないジョニーだがぶー助が昼寝をしてる隙に広場にでた。

重い身体に鞭を打って、なれない愛想を振りまきながら一組一組人間を観察した。

そして一組の家族にめぼしを付けるとねぐらにもどりぶー助を起こした。


「おい、起きろ、狩の時間だ。」


寝ているところを起こされ、ぶー助は不満げだった。

狩とはごみ漁りのことで、いつもは人間達がいなくなった夜遅くに出ていたのだ。


「いいかぶー助、これから俺が言う人間達のところに行くんだ。そして目一杯愛想を振りまけ、そしたら今まで食ったこと無いぐらいうまいもん食わしてくれるぞ」


それを聞いてぶー助の不満は吹き飛んだ。

しかし、不安は残った。ジョニーと暮らし始めてからぶー助は、それがよい人間だろうが悪い人間だろうが近くことを禁止されていたからだ。


「だいじょうぶだ、俺がいつも言ってること覚えてるな?」

「に、人間には絶対噛み付かない」

「そうだ、それさえわかってればあとは俺を信じろ」


そういうとジョニーはぶー助を広場に連れて行き一組の家族を示した。




バタンッ

聞きなれない大きな音でぶー助は目を覚ました。

人間のにおいの充満する中で人間の子供の膝の上にいた。


車だ。


これに乗ると知らない場所に連れて行かれてしまう。

幼い記憶がよみがえると同時に、なぜ自分がここにいるのかを思い出した。


 ぶー助はジョニーに言われたとおり家族にちかづき、あるかないか判らない尻尾を目一杯振った。すると食べたことの無いおいしいご馳走をくれた。


「さすがにいちゃん、言ってたとおりホントにご馳走くれた!」


ここぞとばかりにがっつき、パンパンに膨れ上がったおなかを人間の手が気持ちよくなでてくれる。至福のひと時に自然とまぶたが重くなった。

眠りに落ちる直前に、おなかをなでていた女の子が両親に何かを懇願しているのが見えたが、ぶー助はジョニーのように人間の言葉を理解することはできなかった。


あわてて外に出ようとするが女の子に抱えられて動けなかった。

かろうじて開いている窓の外を見るとジョニーの姿が映った。


「にいちゃん、助けて!」


ジョニーはいつも自分を助けてくれた、今回もきっと大丈夫。

ぶー助の目に浮かんだ涙は恐怖と安堵の入り混じっていた。

しかし、ジョニーから出た言葉はぶー助の涙から安堵だけを消し去るものだった。


「相変わらず間抜けな奴だな。お前みたいな泣き虫、一緒にいても邪魔なだけなんだよ。俺は独りのほうが気楽でいいんだ、お前はとっとと人間に連れて行かれちまえ」


信頼していた兄の予想外の言葉に身体が硬直して何もできなくなった。

エンジンの音がして窓の景色が動き始めジョニーが見えなくなる。

女の子が優しく頭をなでていたがぶー助の涙は止まらなかった。




数ヶ月の月日が流れた。

ぶー助には新しい名前がついてご飯の時間がきっちり決められていた。

ジョニーとの悲しい別れは忘れられなかったが、アレは鳥が変身してしまうようにジョニーもたまたま黒い鳥のようになってしまったんだと自分に言い聞かせていた。

そしてぶー助のご主人様はとても優しかった。


ある日曜日、ぶー助の家族はぶー助を車に乗せて出かけた。着いた場所はあの公園だった。

懐かしく、そして切ない公園。ぶー助はいてもたってもいられなくなり、ご主人様の手からリードを振り払って、全力で駆け出した。


はっはっと息を切らし、二人が生活していたねぐらの前に着く。当時と何も変わらないままのこっていた。

しかし、肝心のジョニーの姿だけが無かった。

身体はすっかり大きくなっていたぶー助は当時と同じ顔で泣いた。


「泣いたらにいちゃんにおこられる…泣いたらにいちゃんに…」


ジョニーの声を思い出し涙をこらえたその時、ほんのわずか、それはぶー助以外、どんなに優れた犬でも嗅ぎ分けることはできなかったであろう、かすかなジョニーのにおいが鼻に届いた。

その刹那ぶー助は駆け出していた。あの場所しかない。

ジョニーがいつも公園を見下ろしていたあの木に違いない。


はたしてジョニーはそこにいた。


当時の姿から想像もできないほどやせ細り、もはや立つこともできないまま、お気に入りの木の根元に横たわっていた。


「にいちゃん・・・」


搾り出したようなぶー助の声にジョニーの半分千切れた耳だけがピクリと動いた。

急いでジョニーに駆け寄るぶー助。


「にいちゃん!」


ジョニーはうっすらと目を開けた。


「ぶー助か?…お前…しばらく見ない間に…ずいぶんしわくちゃになったなぁ…俺も年取るはずだぜ…」


ジョニーは力なく笑い、そのまま静かに目を閉じた。





ジョニーは夢を見ていた。

暑くもなく寒くもなく、穏やかな空気に包まれ、地面はふかふかとしていて宙に浮いているようでどうしようもなく気持ちのいい時間だった。

ずっとこのままこうしていたい。いや、してていいんだっけ。

もうゴミをあさったり、人間に追われることもないんだ。

そう、ずっとこうしていられるんだ…


「…ちゃん!」

「にいちゃんてば!」


穏やかで平穏に満ちた時間に容赦なく割り込んでくる声は

身体だけは馬鹿でかくなった泣き虫の弟のものだ。

仕方なく布団から顔を出すジョニー


「見て、にいちゃん雪だよ!!雪すげぇ、あれ食べに行こうよ!!」


雪を見てはしゃぐぶー助には黄色い首輪がまかれている


「はぁ、俺もやきがまわったな」


布団から出て大きく伸びをする。


「しかし、このコタツって奴は何にも変えがたい幸せだな。」


ジョニーにはぶー助と同じ黄色い首輪が巻かれていた。


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